夏からこっちの忘れ物?
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


 暦の上でだけじゃあなくの、季節の入れ替えの最たるもの、各学齢層の学校の新学期がおおむね始まって はや1週間。紀伊半島へ途轍もない被害をもたらした大型台風の通過後、朝晩は随分と涼しくなったけれど、日中の残暑はまだまだ厳しく。ロスタイムを何とか算段して、宿題の帳尻合わせに奔走しているクチの学生さんには、恨めしいばかりの蒸し暑い環境だったりもして。

 「おはようございます。」
 「おはようございます、○○さん。」

 こちら様は、そういう悪あがきには縁のなさげな、それはそれは清かな笑顔が集う、都内某住宅街の丘の上。聖なる女学園にも爽やかな朝は来たまいて。

 「ごきげんよう、▽▽様。」
 「ごきげんよう、気持ちのいい朝ですわね。」
 「ええ、本当に。」

 肘までという半袖から伸びる、しなやかな腕やお行儀のいい手も瑞々しい。まだ夏服でブラウスが白いセーラー服の少女らが、ちょっぴり涼しい朝の気配の中、目映い帯になって流れゆく先には。レンガ造りの門柱に支えられた鉄の門扉が大きく開かれ、修道尼服をまとったシスターたちが、登校して来るお嬢様がたへ、品のいい笑顔で挨拶を交わしておいでで。そこから校舎までの前庭には、迎賓館のエントランスエリアを思わせるよな、手入れの行き届いた芝生と遊歩道。その中程に据えられた、ブロンズのマリア様へのご挨拶という、それは優雅なしきたりも健在で。立ち止まって丁寧に頭を下げるのが基本だが、もっと丁寧に指を組んでの手を合わせるお嬢様も ざらにおいでで。

 「但し、あれは渋滞を招くので、
  あんまり褒められたことではありませんが。」

 信心深いからというのなら、別な時間に聖堂でお祈りしなさいと、シスターたちも時折注意されておいでですしと。今日はちょみっと髪のセットが思うように行かなかったか、額を隠して降りている、間近な前髪をう〜むむと、微妙な寄り目になって見上げるひなげしさんなのへ、

 「でもね。
  マリア様にも折り入って
  お祈りたくさん捧げたい…ってことがお在りの人なんだもの、
  しょうがありませんわ。」

 朗らかに微笑っておっとりとしたお言いようをしつつ、並んでいたお友達をわざわざ振り返った白百合さんの所作の中、濃色のスカートのひだがきれいなラインで流れ、すんなりした御々脚の白さを映えさせる。そんな彼女へ、

 「…………?」

 折り入ってって?と訊いているのだろう、ふんわりした綿毛のような金の髪が、細っこい肩先にくっつくほど小首を傾げた紅ばらさんへ。青玻璃の双眸、はたはたっと軽やかに瞬かせ、

 「そういう時ってありません? 久蔵殿。」
 「〜〜〜?」

 七郎次から逆に問われたもんだから、ええ〜っとと、今度は困った困ったと焦り気味、眉を寄せつつ小首を傾げる素直な紅ばらさんの傍らで、

 “さてはシチさん。やっぱり勘兵衛さんとおデートでしたね。”

 残暑厳しいことを考慮してだろ、まだ午前中のみという短縮授業が続くとはいえ。それならそれで剣道部の練習があったはずの 昨日の午後に。こそこそっとした態度にて、一人で先に帰宅していたの。コーラス部の練習の伴奏係として音楽室にいた久蔵が、階上の窓からしっかと目撃しており。何か緊急の出来事でも出來
(しゅったい)したのかと、メールで訊かれた平八にも とんと覚えはなかったが、

 “何せ不規則な人ですから、
  そんなややこしい時間しか身体が空かなくとも
  しょうがない、か。”

 複雑な事件や事案、狡猾な犯人との根比べなどなどに翻弄されてる毎日を送っておいでの壮年警部補殿。きっと心身共に疲れていように、稀なるお休みをそんな自分の休息に充てず、まずはと年下の…待っててと言ったらうっかり忘れていても永劫同じところで待ってそうなほど、そりゃあ健気な恋人との逢瀬をと構えたのは、気の利かぬ彼にしては むしろ偉かったと。その後でのメールに七郎次が応答しないことから“確定事項”へ格上げしつつ、久蔵と二人、褒めてあげましょうねと確認し合ったことでもあって。

  年上相手に 上から目線なのが、
  いかにも彼女ら仕様というべきか。
(苦笑)

 そんなところを こそりと目配せしたひなげしさんたちへ、“んん?”とようやく何か気づいたらしい誰かさんなの躱すよに、

 「そろそろ体育祭の委員会が発足されますね。」

 こちらも負けじと一歩先へと歩を進め、学生カバンをスカートの陰という後ろ手に。目許を細め、やたらにこにこと声を張り、微妙に強引な話題の転換を図った平八だったものの、

 「生徒会執行部からの発表が掲示板に。」

 そう言えば…と続けた久蔵の後を引き取って、

 「出走希望競技へのあみだくじも廻って来ますわねvv」

 と言いながら、七郎次がにんまりと笑ったのは…。二人して何か隠してますねと判っておいででの、もしかしてもしかすると立派な意趣返しかも。そうしてそして、

 「うう〜、何で徒競走が全員参加なんだろか。」

 そうだった、誤魔化す方向を間違えた〜と、小さな拳で自分の頭をこつこつと叩いてしまったひなげしさん。傍からは てへへと照れ笑いをしているように見えるかもしれないが、大きく緊張する短距離走が微妙に苦手なお嬢さんなのでの この嫌がりようなのであり。ちゃ〜んと覚えておりましたよんと、こちらは韋駄天、俊足自慢な白百合さんが、目許を甘く細めつつ、うふふんと余裕で微笑っておいで。仲がいいからこその屈託のない応酬を、どちら様もきららかなお嬢様ぞろいの女学園の中でも、なお目立つ愛らしさにて、繰り広げておいでだった三人娘ではあったものの、

 「……あの、おはようございます。」

 弾けまではしない程度に押さえての、それでもはしゃぎつつ。つかず離れつ、二年の昇降口へと辿り着いた彼女らへ、微妙に“あのあの”とどこか控えめなお声を掛けて来た影があり。え?と、三人揃ってお顔を向ければ、

 「あら、宇都木さん。」
 「一子?」

 三木さんチの久蔵お嬢様とは幼稚舎からのお友達。途中、初等科時代にゼンソクが悪化されたとかで病気療養のための休学をなさったため、同い年でありながら下級生のお嬢様友達、宇都木一子様が、どこかおずおずと声を掛けて来られたのであり。言われなければ、何の疑いもなくの一年生と思うほど、ちょっぴり小柄で、黒々とした髪を禿(かむろ)のように切り揃えた様は、丁寧に愛らしくと仕上げられた市松人形のようでもあって。内気な性分なのか、どこかおどおどとした様子だが、それでも上級生の昇降口までわざわざ一人で伸して来たのは、よほどに急ぎの御用があったからだろうと、そこは彼女らのように切り替えの早い子でなくとも忍ばれるところ。

 「どうした?」

 いつもいつも、七郎次からの以心伝心がなければ、なかなか思うところが他へ伝わらぬし。そんな現状なのを、特に困りはしないとそのままにしている、唯我独尊、もとえ…独立独歩な“困ったさん”の久蔵のはずが。そんな彼女以上に、というか、久蔵にまで放っておけぬと思わせる級の、途轍もなく引っ込み思案なお嬢さんなものだからだろう。間近まで寄り、お顔を覗き込みまでして、用件を訊こうと構えれば、

 「…あの、実は………。」

 近くに寄ったからこそ、大きな声を張らずともよくなった…というのは、なるほど理に適ってはいるけれど。

 「………???」

 聞こえにくさが増したのだろ、ますますのことその身をかがめ、お耳を寄せる久蔵なのへ、

 「…一旦離れるのが正解かもですね。」
 「こらこら容赦ないぞ、ヘイさんたら。」

 微笑ましい光景だからこその茶々を入れた、いづれが春蘭秋菊か、いやいや初夏の花づくしです…な、三人娘だったのだけれど。

  「………………?(え?)」

 ほとんど耳打ち、ぼしぼしぼしぼし…という囁きを聞いた紅ばらさんが、その高貴なお顔を“うむむ”とやや険しくなさったものだから。見物に、もとえ傍観に回っておいでだった残りの二人も、釣られるように“おやや?”と瞬きをしてしまった、秋の初めのご注進の中身というのは………。





     ◇◇



 何たって行動力が売りのお嬢様がたなので、段落を変えるまでもないほどの手際の善さにて、飛び込んで来た案件、あっと言う間のシャット&クローズという勢いで畳んでしまったお見事さ。

 「そんな慣用句はありません。」
 「………。(頷、頷)」

  ……ノリですよ、ノリ。

 というのも、取り急ぎお知らせせねばと、大人しい一子様が人目もはばからずという大胆さで、上級生の昇降口まで知らせに来てくれたほどの一大事。案じるなんて考え過ぎですよとか、他のお嬢様ならいざ知らず、こちらの活発な方々には屁でもない…とかいう、いわゆる“杞憂”と片付けるにはいかぬよな。行動派の彼女らでも、駆け出す前に一旦お顔を見合わせて呼吸を合わせたくなるような、そんな微妙な含みを帯びており。

 『すまなんだ。』

 かたじけないでは通じない相手だと、彼女なりに気を回してのこと。久蔵が一子様へと丁寧に礼を述べてから、さて。つつきようであらぬ方向へ傾きかねないかもという、難儀な気配を持ってもいた事態に相対し、

 「………?」
 「何でそこで小首を傾げてしまいますかね、久蔵殿。」

 そんな大仰な事態だったか?と言いたいらしい彼女なの、平八にも直感で判った仕草だったのへ、

 「まま、アタシらだけへの話なら、
  何を持ち出されてもバックレたら済むこと、
  そんな大層なもんじゃなかったかもですが。」

 少々お侠な口調も交え、酷深くて濃厚なミルクの風味が抜群なアイスクリームが、フロートとして乗っかった、抹茶ラテを堪能しつつ応じたのが七郎次。

 「学園の周縁へまで顔を出し、
  何か探りにちょろちょろするなんてのは
  確かにいただけませんからね。」

 いけない子の代理のつもりか、めっと叱るように小さな匙でアイスを攻撃し。掬った甘いの、緋色の口許へと運べば、

 「そうですよ、久蔵どの。」

 こちらはオレンジも鮮やかなマンゴープリンの孤島を取り巻く、ナタデココやら寒天に ぎゅうひのお餅などなど。カラフルなパレオをしたがえた王女様みたいなデザートを、去りゆく夏を惜しみつつも味わいながら、平八が言葉を足したのが、

 「他の無垢なお嬢様たちが、
  いろいろ訊かれることで怖い想いをしたらどうします。」

 「???」

  ええ、ええ、
  訊いて回ってたのはお若い女性らしいという話ですが、
  それでもね。

 『わたくしが答えたことで紅ばら様が困りはしないだろうか、
  かと言って何も言わないで、
  人望がないらしいという方向で評判を落としたらどうしようか』と、

  そんな葛藤を抱えてしまわれる方も
  出るかも知れませんでしょう?

 「〜〜〜。(そんなぁ…)」

 何だか微妙な言われよう。そんな鈍感でどうしますかという含みもて、しかも、寒天の乗っかったスプーンで びしぃっと勢いよく指摘されたので。卓袱台についたまま、あややややと、逃げ腰にも後背へのけ反りかけた紅ばらさんだったものの、

 「…あ〜んvv」
 「………♪」

 思わぬ格好でどうぞと差し出された“おすそ分け”でもあったらしいと気がついて。小さなお口をあ〜んと開けると、素直にいただいてしまっていたりしてvv

 「………vv」
 「おや、いいんですか?」

 お返しにとフォークの先にて差し出された、こちらもアイスの乗っかったチョコ風味のワッフルを あ〜むvvと堪能した平八で。そんな二人の様子へ くすすと吹き出し、

 「でもま、
  久蔵殿が怪訝に思うのも判らんではありませんよね。」

 冗談半分とはいえ、こんの鈍感娘が〜っと詰め寄られていた紅ばらさん。でもでも、あのね?

 「アタシだとして、
  草野さんってどんな人?
  この写真の中のどのお人? なんて、
  女学園のご近所とかQ街とかで訊いて回られただけじゃあねぇ?」

 名家の令嬢がそれじゃあいけないのかもしれないが、でもでも自分らはそんなくらいでいちいち動じたりはしない。何なら“何か御用か”とこっちから逢いに行ったると構えてもいいくらいですからねと。久蔵のことは言えぬ正直なところを口にして、

 「何だか蓮っ葉そうな女の人ですが、
  何でまた、久蔵殿のことを訊いて回っておいでだったやら。」

 少々粗い画像をプリントアウトしたらしき何枚かの写真を、ここ、八百萬屋謹製の特製デザート広げたテーブルに置き、すっかりと過去形の語り口になっている彼女らなのも そのはずで。

 『三木さんのところのお嬢様って、どんな人?って』

 女学園周辺で、生徒にこそりと声を掛け、訊いて回ってた不審な女性があったとか。あんな有名な美少女を知らないなんて、部外者なだけじゃあない、何か善からぬことを企む怪しい人かもしれないと、特に下級生たちの間で評判になりつつあったそうで。とはいえ、当事者である紅ばら様こと久蔵殿は、一子さんがご注進を持って来るまで、まるきりの全然知らなかったこと。よって、

  なんですか、そりゃ…と

 ついつい眉を寄せてしまったのではあるが。

 「確かに。」

 聞いたおりはドッキリしましたけれど、対処のしようがないで無しと続けたひなげしさん。現に、彼女らとしては…まずはその不審な女性が出没したらしい、最寄りの駅だのQ街だのの防犯用監視カメラ映像をチェックしており。年の頃とか、身体的風貌的特徴は、

 【 最近〜、変なスカウトもどきのお姉さんが出没してない?】
 【 いるいる、あの女学園の誰かを引き抜きたがってる物好き b(oo)】
 【 何か、一人特定らしいじゃん。】
 【 やだそれなに? 誘拐でもしようってか? ありえね〜。笑】

 何てなチャットを展開して、ご意見求むとしたところ。

  随分年上みたいで、女子高生に張り合おうなんて無理な話、とか
  今時、○○ブランド着てたから、
  女子大生よか もっと年上かも知んないよ?

 とかいう格好で、あっさりと目撃証言が集められたもんだから。女学園でも聞き込んだ、出没日時やら何やらと、多重クロス検索かけて、あっと言う間に割り出せた女性が一人ほどおいで。彼女らにかかれば人捜しだってこの調子であり、

 「しかも、この人、ここんトコは何処にも現れてないっていいますし。」

 特に意味はなかったのか、いやいや夏休み中に御用があったのかもですね。なんですか、そりゃ。だから、

 「何かのキャンペーンガールにスカウトしたかったとか。」
 「〜〜〜。///////」

 例えばだとはいえ、自信満々に言い放った平八へ、当の久蔵がかぶりを振る。

  え〜?あり得ないって言うんですか?
  …………。(頷、頷、頷)

 「ホテルJのパンフとか。」
 「…あ、そっか。」

 そっちの世界のお人なら、久蔵はとうにデビュー済みだと知っているはず。お仕事探してモデルの世界へ乗り出した訳じゃあない。ただ、少し前までは、その仕事を担うのは神々しいまでのステイタスだったかもしれない枠だった“ホテルJのモデル”が、彼女の高校進学と同時に久蔵の独壇場となっていて。そっちの業界の人ならば、そういう事情とか、いい出来と評判のパンフも、知ってて当然なんじゃあと言いたかったらしい久蔵お嬢様。

 「そっか、スカウトはあり得ないか。」

 どんだけ“もぐり”かってことになりますかと納得したものの、じゃあじゃあ何で?と う〜んと唸ったひなげしさんだった肩口から、

 「おや、人気者なのだな、このお女中。」

 お茶のお代わりはいかがと、五郎兵衛殿がトレイ片手に現れた此処は、住居スペース側の居間だったのだけれど。

 「…何ですよ、ゴロさん。」

 何か妙な言い方をなさって。というか、

 「ゴロさん、この人ご存じで?」

 仏様のような半目になって、平八がさっそく焼き餅半分に絡んでいる頭越し。こちらも引っ掛かりはした七郎次が正すように訊いたれば、

 「おお。昼間だったか、ワイドショーで見た。」

  南半球はこれからが夏だと、
  旅行社のキャンペーンガールが
  現地からのPR合戦をしとったのだがな。

 その中の一つがこの人だったぞ、顔を覚えるのは習わぬ習性となっているから間違いはないと。もうもうもうと広い背中によじ登りかねない勢いで、構って構って態勢の平八をおぶったまんま、さらりと応じた五郎兵衛であり。

  「キャンペーンガール?」
  「現地から…。」

 じゃあ、もう日本にさえ居ないんじゃないのよと。無駄足踏んだ独自調査の結末へ、何だそりゃと口許曲げちゃったお嬢さんたちで。

 「どうした? 何かあったのか?」

 彼女らの特殊な身の上までも微に入り細に入り御存知という、頼もしき“保護者A”でもある五郎兵衛さん。何か物騒な事態になるようなら、ちゃんと報告しなされよと。わざわざの釘まで刺してくださったものだから、

 「大丈夫ですよう。」
 「………。(頷、頷、)」

 これに関しちゃあ、そんな代物になるはずもない段階で接点がなくなりましたものと、肩をすくめた七郎次であり久蔵でもあり。

  いつもこうならいいのでしょね。

  おやおや、自分でそうと言うとは、
  女御には物騒なことばかりだったという自覚はあるのだな。

  〜〜〜〜。///////

  いかがした?久蔵殿。

  ゴロさんたらずばり言い過ぎだと、鼻白んでおいでなのですよ。

 居合わせた4人そろって、あははと軽快に微笑って終しまい。何事も起きずに通過した“善からぬ気配”だったのだけれども……。




  何だか長くなって来たので、裏事情は続きでどうぞvv
(おいおい)





  
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  *なんかダラダラしててすいません。
   でもでも、事件としても不発な出来事。
   後半部分もすぐ書きますね?


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